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オストド&メストド1号そして2号の旅。「津軽海峡・・冬景色」 ① [日本のお正月]

-まえがきに代えて-

オストドは昔プロ添ともプロコンとも言われていた頃。この地をニ度尋ねたことがある。
その二度の訪問の際、何処で見ていたのであろうか?今みたいに携帯電話等そんなに普及していなかった。
いや、その存在さえ知らなかった頃の話である。
僅かばかりのやっとバスが通れるかどうか?と思われる街並みを抜け、この先は階段になってしまう国道の手前をグングンとバスは登ってゆく。石川さゆりの唄ではないが、♪ご覧あれが竜飛岬 北のはずれと♪そう歌いたくなる景色である。
まだ、若き青年(子持だったが・・)だったオストドは、内心。「何が悲しくてこんな何もないところへ・・・」
そう思っていたものだ。
「やっぱり・・・ここへ泊まるわけぇ~」 許されるものなら、仕事も投げ出し家に帰りたかったのも事実である。
最初に訪れた時は、まだ駐車場も舗装されてなく、砂利を敷き詰めた。
そう・・言わせてもらえば、名ばかりのホテル。旅館いや・・民宿に毛の生えた程度と言えばいいだろう。
そんな所だったのだ。
「お疲れ様でしたぁ~ようこそ!」 当時、専務だった現社長が飛び出してくる。今でもその光景は目に浮かぶ。
二度目に訪問したのは、確か翌年だったはず。平成2年7月23日以降だったはずだ。
何しろ、砂利が敷きつめられていたホテルの駐車場がアスファルトに覆われていたのだからだ。

「Fさんお疲れ様!」
「専務!久しぶりです。お世話になります。ところで・・アスファルト舗装したんだ?」
「ええ・・天皇陛下をお迎えしたので・・・」

オストドは目が点になった記憶をしている。確か1982年封切の映画“海峡”のロケ班の宿舎になっていたのは、前回の訪問時に聞いていた。あの高倉健が泊っていた宿である

「い・・今、何か言いました?確か・・天皇陛下とか?」
「ええ・・ご視察の際に昼食とご休憩に・・・」
「道理で・・アスファルト舗装したわけだ・・・」

何もない。ただ温泉に浸かり、星空を眺め、そして、海鳴りだけを子守り唄に眠ったのである。
それから約20年。年賀状だけはやり取りをしていたのだが、当時の専務が言った言葉。

「Fさん。今度はご家族でいらしてください。その日が来るのを待っていますから・・・」

当時、まだ幼子だったメストド2号もすっかり、親馬鹿な私の目から見ても、美しく成長した。
“みにくいアヒルの子”だったはずなのだが、すっかり白鳥に育っていた。

「いつの日にか、家族で行かなきゃな・・・」

そんな会話が始まり、幾数年の時が流れた。行こうと思えばいつでも行けたはずだが、そのたびに、先送りされてきた“風の岬、竜飛旅情”である。当時の専務も代表取締役。つまり、俗に言う社長になったのも、年賀状で知っていた。

「ねえ~今年がそのチャンスじゃない?」
「まあねえ~取れるかな?」

最初は、オストド&メストド1号だけの夫婦での旅の予定であった。予定は未定と言うが、旅立ちのひと月程前、
現在は自立練習中のメストド2号が久しぶりに我が家へ帰ってきた。

「ねえ~父ぃ~今度は何処の国へ行くのぉ~」
「正確には行かない。日本に居るけど・・・」
「何処も行かないの?」
「いや・・・温泉へ行くけど・・・」

オストドの言葉を引き継いだメストド1号がすかさず付けくわえた。

「アンタも行くかい?」
「行くぅ~」

単純明快、しかも、即答で答えが返ってきた。こうなれば、毒喰らわば皿までである。
また、前回の様に“三つすくみ”の状態にならねばいいのだがと、少々不安を感じながらも、喜びを隠しきれないのが、親馬鹿の宿命なのだろう。

「ねえ!まさかとは思うんだけど・・・」
「何?」
「まさか、宿泊費自分で払えとかいわないよね?」
「はぁ?言うわけ・・・」
「言うわけないでしょ!だったら誘わないわよ!」
「良かったぁ~アタシ金欠だもん!」

こうして、懐かしき知人を訪ね、もしかしたら“これが最後かな?”と思いながらも、家族揃って行く事が決定したのである。ただ、後で聞いた話では、メストド2号は行き先を“全くもって理解していなかった”のだが、
龍が飛ぶが如く風舞う龍飛岬へ行くのである。

オストド&メストド1号そして2号の旅。「津軽海峡・・冬景色」 ②へ続く・・・・

作品情報 - 海峡
製作年 : 1982年
製作国 : 日本
配給 : 東宝

キャスト(役名) - 海峡
高倉健 タカクラケン (阿久津剛)
吉永小百合 ヨシナガサユリ (牧村多恵)
三浦友和 ミウラトモカズ (成瀬仙太)
大谷直子 オオタニナオコ (佳代子)
青木峡子 (峡子)

<おまけ>


(youtubeよりいただきました・・・)
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オストド&メストド1号そして2号の旅。「津軽海峡・・冬景色」 ② [日本のお正月]

- 旅支度 -

毎度ながら、反省の色のないメストド1号。特に大豪邸(白蟻とネズミと悪霊に乗っ取られた9LDKの社宅)から、身の丈ギリギリ(多分、オストドの給料ではこれが精一杯)のUR(所謂、公団住宅。但し、賃貸だが)に引っ越し、1年以上もたつと言うのに、4LDKのうち1室は、まだダンボール箱の山が積まれている。
取りあえず・・・そうこの取りあえずこそが、メストド1号の口癖でもあり、彼女の行動の原点でもある。
確か、このブログでもご紹介したハズなのだが、“今年こそは片づけられない女”を返上すると言っていたのだが、どうやら無理なようだ。まあ、オストドも人の事は言えない。会社の机はゴチャゴチャと書類の山が散乱しているし、(2フロアーに4個ある机全て・・・)我が家のボロになりかけているPCを載せた机も同様な態をなしているし、ベッドの傍らにあるカラーボックスは元より、その周辺には色々なものが積み上げられていると言うより、
散乱しているので、余り語る資格はないのだが・・・・

「どこに仕舞ったかなぁ~」
「何が?」
「靴・・・防寒用に買ったじゃん!」
「どこだっけ・・・」

こんな会話が行われたのが、暮も押し迫った12月29日。それも深夜に近い。
オストドはメストド1号より先に一応、御用納めを済ませた日であったが、“念押し”されたメストド1号は、明日も出社なのだ。

「大体さぁ~」
「何よ!言いたい事は判っているけど・・・」

これ以上、“言わぬが花”である。一言文句を言えば、その千倍は満身創痍状態のオストドめがけて、跳ね返ってくる恐れがある。オストドはその時有る言葉を思い出していた。

そのひとつが、“結婚する前は、両方の眼をしっかり開けて相手を観察しろ。結婚後は片方の眼をしっかり閉じろ”である。

確か・・・勢いが良すぎて“結婚”したわけだから、ここは両方の心の眼は閉じねばならない。ついでに、もうひとつ、若かりし頃のオストドが吐いたプロポーズ言葉である。

「キミを幸せにする自信はないけど、僕が幸せになる自信はあります。・・・・」

もし、今、結婚を考えている独身男性諸氏がこれを読んでいるのなら、こんな言葉は吐かないほうがよい。そうでなくても、女性は執念深い生き物なのだ。敢えて同意語を言わせていただくと、

“自ら墓穴を掘る”

そういう運命を避けたければ、この様な言葉なんぞ殺されても吐かないほうがいいかもしれない。
言い換えれば、独身女性はこの言葉を引き出せば、死ぬまで有効の“特権”をその手中に収めることになる。
まあ、“関白宣言”をしたつもりが、いつの間にか“関白失脚”をしたオストドであるので、説得力はない。
従って、毎度のことながら前日の夜に、“あちらこちら”から“宝物探し”ゲームがスタートしたわけだ。

「ねえ~着替えのズボンとかはどうする?」
「着たきり雀でいいよ・・・どうせ宿から出るのは、防寒性能検査だけだから・・・」
「じゃあ・・パジャマと・・・」
「うん。厚手のパジャマと下着と靴下くらいかな?」
「あと・・・」
「自分で用意するからいいよ。それより、お嬢(メストド2号)の防寒着もいるんじゃない?」
「そうすると・・靴もいるか・・・」
「まあね。俺・・風呂に入ってくるから・・・」

こうなれば・・・風呂に逃げ込むか、トイレに籠るしかない。そのトイレだって、いつまでも占拠しているわけにはいかない。特に、明日の朝の送り(メストド1号の会社までの送り)は勘弁してもらった。
何しろ、800Km以上もオストドは一人で運転をしなければならない。メストド1号も免許を所持しているのだが、
“片道キップ”しかも、行き先が変更になる場合もあるのだ。体力を温存しなければならないし、メストド2号が仮の住まいから出発日当日ノコノコとやってくるので、エサの準備もしなければならないし、持ちかえったお仕事もある程度はこなさなければならない。
そのために、今夜の夕食をオストドがなけなしの小遣いから奢ってあるのだ。

「明日の朝起こしてくれるんでしょうねえ~」
「何時の電車だっけ?」
「いつもと同じ・・・」
「多分、休日ダイヤなはずだよ・・・」
「えっ!」

こんなものである。自分が出勤でも、世間様では当に“仕事納め”をしているのだ。
慌てて時刻表をチェックするメストド1号。
その間にオストドは、毎度旅に持ってゆく“薬”とその他洗面用具を鞄に放り込んで、さっさと風呂場に逃げ出したのである。そこが、唯一であろう“聖域”と信じて・・・・・

12月30日 AM6:10 

目覚まし時計に叩き起こされる。オストドが眠りについたのは、日付が変わって2時間ほど過ぎていたので、午前2時は軽く過ぎていた。寝不足ではあるが、メストド1号を叩き起こさねばならない。
これは、毎回の旅のスタイルと全くと言っていいほど、進化はしていない。

「起きろぉ~!」
「今日、休もうかな!風邪ひいたとか・・・」
「アンタ演技下手だからねえ~グダグダ言ってないで、起きて仕事へ行けぇ~」
「あっ!新聞屋さんに電話・・・」
「しておくから・・・いいから行け!」

取りあえず、支度を終えたメストド1号を、寒空の下へ叩き出す。オストドはベッドに戻りたかったのだが、やる事がある。新聞屋さんにも電話しなければいけないし、ベランダの洗濯物も取り込まなければならない。
パジャマでウロウロする訳にもいかないので、手際良く着替え終ると、腹が空くカップ焼きそばとトーストを平らげる。丁度、メストド2号から電話が掛って来た。今、起きたとの事。昼過ぎに来るとのことなので、それまでは眠る事が出来る。早速ベッドに潜り込む。勿論、目覚まし時計はセットしておいたのだが、その必要はなかった。
何故なら、昼過ぎにちゃんと自力(腹の虫も自力だ!)で起き上がったからだ。

「さてと・・昼飯・・・そうだ!どうせお嬢が来ると、腹減ったと言いかねないからな・・・」

ぶつぶつ独り言をつぶやき(最近、特に独り言が多くなっている)ながら、近所のパン屋へ散歩がてらパンを購入しに歩く。

「そうだ・・忘れてた。荷物積んでおかないと・・・」

普段は2列 4人乗りにしてある車。3列シートに直しておく。寝袋と毛布、着替えを詰めたバックにメストド1号が載せておいた化粧品のポーチを突っ込み、車に積み込んでおく。
これで・・車中2泊。ホテル2泊の計4泊5日の旅立ちの支度は全て、完了したのである。
後は、メストド2号を車に放りこみ、途中、会社の指定スタンドで給油と点検を行い、メストド1号を拾い、800Km以上のロングドライブに出かけるだけなのだ・・・・

オストド&メストド1号そして2号の旅。「津軽海峡・・冬景色」 ③へ続く・・・
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オストド&メストド1号そして2号の旅。「津軽海峡・・冬景色」 ③ [日本のお正月]



「もう限界だぁ~」 そうオストドが音を上げたのは、岩手山SAだった。
「えっ?」 寝ていたはずのメストド1号が聴き返す。
「あれ?寝てたでしょ?」
「寝てないわよ!途中、土砂降りあったでしょ?」
「あるわけないじゃん。ああ・・あれか?途中、凍結防止剤撒いてたの!それを追い越したから・・・」

どうやら・・本人は起きていたつもりらしかったが、寝ていたのだ。そうでなかったら、オストドは文句を言われていたか、一発くらい殴られていたかもしれない。何しろ、ちょっと滑ったのだ。どうやら、スピードを知らず知らずに上げていたのだろう。

「ここどこ?」
「岩手山SAだけど・・・」
「あれ?宮城県は?」
「寝ていた間に通り過ぎてきたけど・・・」

ここまでの道中も色々あった。蓮田SAでは、ホテルの社長への手土産を買ってきたし、上河内SAでは、

「餃子が食べたい!」と喚く、メストド2号にメストド1号が、「屋根の上に縛り付けるぞ」と脅し、安達太良SAでは、「小腹が空いたぁ~」と喚くので、お菓子を与え、給油をした。長者原SAでは、牛タンが食べたいとほざき、
テンションが上がっていたのだが、いつの間にか寝ていたので、ここまですっ飛んできたのだ。
吸いたいタバコも吸えず、ひたすら・・眠気と戦いそれでなくても、満身創痍のオストド。
この先は雪道が待っている。多分、ここで夜が明けるまで寝なければ、途中で事故を起こし、目的地が温泉からあの世になってしまう危険性があったのだ。

「ここで・・仮眠する。でも、腹減ったぁ~」
「あたしも・・・減ったかな・・・娘は?」
「起こして聞いてみるか・・・」
「いい!起こすと煩いから寝かせておきましょう!」
「ご尤も・・・」

オストドはメストド1号が所用を足している間に、ニコチンを供給する。身体には悪いのは充分理解はしている。
折角、禁煙を始めた時も、職人’sが悪魔と化し、オストドの机の上に“貢物”と称したタバコの山を築いたのだ。
それと同時に、悪魔と化した職人’sの大ボスがこうほざいたのだ・・・

「いきなり止めると・・・禁断症状が出て大変だぞ・・・やせ我慢しないで・・ホレ!」

それでなくても、ストレスの塊が常に頭上から降り注ぐ。きっとそのストレスの源の息の根を止めるか、自らの息の根を止めねば、常にその塊に頭上を直撃され続けるのだ。

「ホラホラ・・無理しないで!コッチの世界に戻っておいで・・・・」

悪魔に魂を乗っ取られた職人7sの“巧みなそして見事と言うべき連係プレー”(仕事でも生かしてくれ!)により、“節煙生活”に切り替えたつもりが、すっかりヘビーに戻っている。
“所用”を終えたメストド1号と共にソバを食すことにした。とにかく、一瞬で凍えた身体を温めねばならない。
そうしないと・・・オストドは毛布1枚で寝るのだ。寝袋は2個しかない。寝袋1個にフカフカの布団。それに毛布を1枚を既に、メストド2号が使用している。残された寝袋は、脂肪の厚みから言っても、やせ我慢の見地から言っても、愛妻家(恐妻家?)の見地から言っても、メストド1号に快く譲らねばならない。
何しろ、オストドは“この群れ”唯一のオスである。
環境保護の観点で、アイドリングはしない。そうすると、車内温度はどれくらいまで下がるのだろう。
LLビーンの“氷点下40度”まで耐えられると言う防寒着を着こみ、毛布一枚でグルグル巻にしてもらい、オストドは眠りの世界に引き込まれてゆく。


オストドの手・・・赤いのがその防寒着。


岩手山SAにて・・・

温かい朝食を摂り、高速道路上での最後の給油をする。この先、青森インターを出るまで、ガソリンスタンドはないとの情報は掴んである。多分、走ろうと思えば走れるかもしれないが、念のため満タン給油をする。

「お気を付けて・・・・」

そう言われて、ガソリンスタンドのスタッフに見送られ、一路、青森ICを目指す。
途中、確か湯瀬PAに立ち寄る。オストドは大事な事を思い出したのだ。
つまり、食後の一服もしてないし、“所用”も我慢の限界に近付いている。
防寒着を着こんだまでは良かったが、サンダルのまま外へ飛び出す。
我慢の限界が刻一刻とそこに迫ってきているのだ。

「うわぁ~冷たい・・いや・・痛い!」そう叫びながら、除雪車が行き交うPAをトイレめがけて、そろりそろりと亀みたいに進んでゆく。
“所用”を済ませ、一服しているとトイレ掃除に来ていたおばちゃんが出てきたので、少々立ち話をする。

「ねえ・・おばちゃん・・これ?何日分の雪?」
「一晩に決まっているべさ!」
「うわぁお・・・昨夜通過しなくて良かった・・・」
「んっだ!にいちゃんどこから来た!」
「東京・・・」
「これぽっちで驚くでね。一晩っさで60cmは軽く降るんだ・・・」
「へえ~じゃあさ・・・」

オストドは無料化の話を切りだしてみた。除雪の費用はどうするのだろうと言う疑問があった。

「よぐわからねえけどぉ~金がなければ除雪なねえな!」
「そんじゃ通行止め?」
「多分・・・」

この時、オストドは気付かなかったのだが、帰り道に嫌!と言う目に遭わされることになったのだが・・・・


オストド&メストド1号そして2号の旅。「津軽海峡・・冬景色」 ④へ続く・・・・


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オストド&メストド1号そして2号の旅。「津軽海峡・・冬景色」 ④ [日本のお正月]

-龍が飛ぶが如く・・・・オストドは飛ばなかったけど・・・-

12月31日 チェックインにはまだ早すぎるだろう・・・

「ねえ!今日中に行ってみない?あなたが行ってたところ・・・」
「まあ・・そこだけどね・・・行ってみるか!」

一回、ホテルの駐車場に車を乗り入れたのだが、灯台までの道のりを慎重に運転する。
そこまで、オストドを散々悩ました雪など殆どない。まあ・・降ってもすぐ風に飛ばされてしまう。
とにかく、慎重に灯台へのコーナーを切ってゆく。
案の上、空いている土産物屋もなく、酔狂に登る人間等いない。ガラガラと言うより、一台も停まって居ない
駐車場に車を停める。

「いいかい!風相当強いからね・・・龍が飛ばされちゃうくらいなんだから・・・」
「オーバーね!」
「出て見れば解るさ!」

このために、出発前夜“マイナス40度まで耐えられる防寒着を探していたのだったけど・・・
外へ出た・・オストド。まだ飛ばされるほどではなかったが・・・メストド軍団は風に流されかけている。

「やばい!車に避難しろ!」

待ってましたとばかりに車に戻ろうとするメストド軍団であったが、流されるばかりである。

「腰を低くして・・・そう・・・」

取りあえず、無事に車にメストド軍団を収容する。


(竜飛の灯台です・・・12月31日PM1:30撮影・・・)


(夏場は混む駐車場も・・ご覧の有り様)


(日本海です・・・低気圧の影響で・・・オストドは何とか飛ばされないで・・・車に貼りついてました)


竜飛岬の灯台から見た・・宿泊するホテルです。)

「駄目だ・・こりゃ・・・降りるぞ!」
「夏がベストシーズンじゃないの?」
「そうだけどね・・・冬に来ないで竜飛を語れるかって言うの・・・」
「父ぃ~早く、車出して!身の危険感じてきた・・」
「了解!」

そろそろと登ってきた道を降りる。確かに風が強い。これが軽自動車ならと思うと背筋が凍る。
良くて横転、悪ければ崖下へ墜ちているかもしれない。
途中、どうしても見せたい場所がある。
国道339号線別名、階段国道である。
定かかどうかは確かめようがないが、当時のお役人が、現地も見ずに・・・

「ここまで道路整備しろやぁ~」と線を引いた。

急こう配故に階段にしなければならなかった所だ。



時間には余裕がある。本来は登り降りしたいところだが、除雪されてないので断念する。
少々、チェックインの時間には早いのだが、ホテルへ向かう。ちょっと吹雪いてきた。
メストド1号&2号はさっさとホテルへ駆け込み、オストドが全部の荷物を運びこむ。
いつも思う事なのだが、有名な温泉地や偉ぶるホテル等が沢山ある中、迷惑な客であるにも関わらず、
温かい心でもてなしてくれる宿。そんな所にいつも泊まりたい。
今回、オストド一家がお世話になるホテルは、正直言って“予想を大きく裏切られた”のだ。

「父の嘘つき・・・」
「しょうがねえだろ・・・20年以上も経てば・・・」

オストドが訪れていた頃は、本当にこんな所に泊まるの?と言いたかったほどだったのだが、建物が生まれ変わっている。それに、地球環境にも優しく太陽光に風力発電を備えているのだ。
しかし、“おもてなしの心”と“素朴さ”“フレンドリーさ”は相変わらず変わっていなかった。

「お車でいらしたんですか?それはお疲れでしたでしょう。お部屋はご用意出来ております。」
「これ・・社長に渡しておいてください。」

ほんの心ばかりのお土産を差し出し、部屋へ案内してもらう。
エレベーターで宿泊する階へ降りると、次々と進路を灯す灯りに導かれ部屋へ入る。

「父は・・嘘つきだぁ~」
「だから・・・立て直したんだから仕方ないだろ!」

案内された部屋は和室。贅沢な作りである。本当にこんな宿泊料でいいのか?と疑いたくなる作り。
これは、後で社長とお会いした際に、尋ねてみたくなる。
案内してくれた、従業員の方に浴衣のサイズを尋ねられる。勿論、オストドは特大である。


(眼下の眺め・・・海側なので、運が良ければ日の出が見れる)

従業員の方が浴衣を届けて下さったので、早速、部屋に置いてあった“初日の出ツアー”(無料)を
申し込んでおく。拝めるかどうかは解らないが、(普段の行いから判断すれば、無理だろうが・・・)とにかく、申し込まなければ、参加する事が出来ない。

「風呂は?」
「そうねえ~先に行ってきてその間に荷物片付けたりしておくから・・・」

最初から待つつもりはない。それでなくても、800Km以上運転して、満身創痍が悪化している。
早速、浴衣に着替えて階下にある大浴場へ飛び込んでゆく。
本来なら、そのまま風呂に飛び込みたいのだが、丹念に頭のてっぺんからつま先まで丹念に洗い、大浴場に通じる露天風呂へのドアを開けた瞬間。オストドは我を失い、貸し切り状態の露天風呂に飛び込む。
何しろ、吹き込んでくる吹雪にそのままでは、凍死する恐れがあった。
身体は浴槽に沈んでいるのだが、貌は吹き付ける吹雪に襲われる。これこそが、冬の温泉の醍醐味である。
脱衣所には、冷水の他に温泉が飲用できる様になっている。その効能書きを眺め、ニヤっと笑うオストド。

「これは早速・・・大量に飲ませねばなるまい・・・」

その前に味見はしなければならない。本当に飲める代物でなかったら、メストド1号に何をされるか解ったものじゃない。
部屋に戻り、交代で出てゆくメストド軍団に一声かける。

「脱衣所に飲める温泉あるからさ・・飲んで来いよ!」

後は、効能を読むかどうかである。最低限の情報だけ与えればそれでいいのだ。


(オストドが温泉に浸かっている間に・・・汚された部屋・・・恐るべし、メストド軍団)


オストド&メストド1号そして2号の旅。「津軽海峡・・冬景色」 ⑤へ続く・・・


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オストド&メストド1号そして2号の旅。「津軽海峡・・冬景色」 ⑥ 最終章 [日本のお正月]

思い出話・・・

紛れもない元旦である。初日の出こそ観てないが、吹雪の中の露天風呂もまた良いものである。
何にしろ、貸し切り状態なのだから、気分は最高である。
ほぼ例年の様に海外に出かけていたので、日本で過ごす正月は、ここ十年では、あっても一度くらいである。

「お正月くらい何もしたくないわ!」
「だろうねえ~」

よくよく数えて見ると、10年でやっぱり一度だけ・・・まあ、海外で迎えるお正月も悪くはない。
様々な装いを凝らしたガラディナー&カウントダウン。これも捨てがたいものがある。
朝食を済ませ、ラウンジでコーヒーを頂き、一服タイム。
部屋に戻るとメストド軍団は、おしゃべりタイムに突入している。
まあ、好き勝手に喋らせておけばいいわけで、オストドは売店へ“義理土産”の物色に降りてゆく。
偶然と言うものは、恐ろしいもので、当時、専務で現在社長になっている“懐かしき人”と再会する。
思えば、この人にもう一度会いたいのもあっての、今回の訪問である。
少々、立ち話をして、一度、部屋へ名刺を取りに戻る。
フロントで待っていてくださった社長とラウンジでコーヒーを頂きながら、昔話に花が咲く。

「そういえば・・社長がまだ専務だった頃、思い出しますよ!」
「そうですねえ~あの時はボロでびっくりしたでしょ?」
「いや、どこで見ていたのかと思うくらい。バスの到着寸前にいつも外へお迎えにきてくださって・・・」

他愛もない話が続く。現在では、風力発電、太陽光発電を取り入れられているのだが、その御苦労話を拝聴する。それが原因で、肝臓がやられてご入院をされていたとのこと。
お忙しいにも関わらず、30分ほど話が尽きなかった。
特に興味深かったのは、今の天皇陛下と皇后陛下が、ご昼食と休憩に立ち寄られた時の、エピソードである。
敢えて、申し上げるわけにはいかないが、驚きの連発であった。


(当時のお部屋を再現してある・・展示室)









楽しい時間はあっという間に過ぎる。本来なら、もう一日くらいゆっくりしたいところだが、
オストド&メストド1号はお仕事がある。社長夫人に見送られ、ホテルを出発したのが、1月2日。
明日中には、自宅まで戻らねばならない。
雪道走行に慣れ、行きは2時間あまりかかったのだが、ゆっくり慎重に走ったつもりでも、1時間半ほどで青森ICへ突入。一時、吹雪のため、閉鎖区間があったが、翌日の朝。20時間ほどかかりやっと自宅へ戻った。

「今度は飛行機か新幹線だな・・・」
「そうね・・・運転ご苦労さま・・・」

こうして・・懐かしき知人を訪ねる旅は終りを告げた・・・・

(おまけ)


ここに写っている“弁慶”姿が、このホテルの跡取りである。
なかなかの好青年である。

オストドの辛口評価
総合・・・★★★★
温泉・・・★★★
設備・・・★★★★
味覚・・・★★★★
エコ度・・★★★★★
人情度・★★★★
お得度・★★★★★(対費用効果)

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